海辺の麻雀

せっかく鳴き砂で有名な砂浜に来たというのに、雨と風の本格的な出迎えのまえに僕たちは無力だった。

とにかくキャンプ場にテントを張って、麻雀の準備をはじめる。仕方なくというニュアンスでもなく、せまいテントのなかで嬉々として打ち始めたあたり、僕たちはやはり海水浴より麻雀が好きだったのだ。

開局早々、シンジの打った3ピンが僕のマンガンに突き刺さっても、彼の表情筋はまだゆるんだままだった。シンジはキレやすいタイプで、中学の頃にシンジが好きだった女の子のことでちょっとからかったら、ホウキ片手に青白い顔を真っ赤にして絶叫しながら、あわてて逃げる僕を職員室のなかまで追いたてるようなやつだった。

東場では余裕をみせていたシンジも、上家の僕に小きざみにアガリを重ねられ、対面のマサヒコにもいくどとなく振り込んだあたりから顔色が変わってきた。中盤ですでに点棒をすり減らしたシンジは大物手で挽回しようとして、逆にいちばん腕のおちる後輩のヒロちゃんにまで倍満をふりこんでしまい箱をかぶってしまった。

大喜びをする格下の後輩を見てシンジはとうとうキレた。ノーレートなのにキレた。テントをたたく雨音にまじって、シンジの奇声と宙を乱舞するマージャンパイが辺りに散らばる音が響きわたった。ヒロちゃんにパイを投げつけ何度も足蹴にしたシンジはそのままテントをとびだし、車に乗ってどこかへ行ってしまった。

「もうあんな人、先輩でもなんでもないっすよ!」

ふだん温厚な後輩をなだめながら、僕たちは夕食のカレーの準備をはじめた。シンジの車がなければ帰れないわけだが、「どうせすぐ戻ってくるやろ」と皆タカをくくっていた。

はげしかった雨もやみ始めていた。キャンプ場からすこし離れた岩場のわき水を汲みにいった帰り道。すぐそばを猛スピードで四輪駆動車がかけ抜けていった。危ないなあ、と車を確認するとシンジだった。頭を冷やしたシンジを加えて、その日の夜はおいしいカレーと砂浜での花火を楽しんだ。

数年後、友人宅で麻雀を打っている最中にふとシンジが言った。「いや、あのときはマジでおまえを轢いてやろうと思ってたんよ」その目は笑っていなかった。友人の狂気にぞっとするとともに、妙に清々しい気持ちにもなった。人はくだらないことで殺意を抱くし、くだらないことで殺されもするのだ。麻雀で勝ったくらいで奪われていたかもしれない自分の命の軽さを思うと、なぜだかその時抱えていた悩みがバカらしくなって、笑いがとまらなくなった。