車に怒鳴ったらコワモテのあんちゃんが降りてきた

灼熱の猛暑だった。そんな中ぼくは一眼レフのデジカメをママチャリの前カゴにつっこんで、減量目的のサイクリングがてらのんきにペダルをこいでいた。

車がほとんど通らない土手沿いのせまい道に入ってから、油断したぼくは後方確認もせずに道をふらーっと左から右へ斜めに走った。その刹那。車のけたたましいクラクションが鳴り、男のどなり声がきこえた。横をみるとハンドルを握った男がこちらをにらみながらすごんでいる。

ぼくはなかば無意識というか反射的に男を睨みかえして「なんやこらあ!」と叫んでいた。行きすぎようとしていた車がぼくのすこし前方で止まり、男が降りてきた。キャップをかぶり口ひげを無造作に生やした図体のでかい若いあんちゃんだった。キレている。案の定キレている。ずんずんこちらに近づいてきてぼくの鼻先までせまってきた。

(おおー、マンガみたいなシチュエーションだな)と他人事ように考えていた。あんちゃんが大声で責めたてる。後方不注意のこっちがわるいのだが、もう引っ込みがつかないので同じテンションで応酬した。後部座席に居たそのあんちゃんの母親らしき人が「あんたやめときいやー、やめときって!」って制止し続けてて、あんちゃんは「うるさいんじゃババア!こっちはイラついとんねん!」と身内にも怒鳴ってた。

その後は一言も発せず、おたがいに睨み合いが10秒……20秒……30秒……とつづく神経戦に入る。手を出してくる様子はない。短気ではあるがいちおう分別のある男のようだ。目のなかにかすかに理性が見て取れる。手をだしてきたらこっちの思うツボだったのだが、このままでは後方不注意のこっちが分が悪いことは明らかだ。このままではラチがあかない。ギラギラとした太陽がふたりの男をあざ笑っている。

だんだんばからしくなってきた。1秒ごとに冷静になっていく自分がいる。あんちゃんが謝れとすごんでくるのでしかたなく「後ろを確認してなかったこっちが悪かった。あやまる」とぞんざいな口調で折れてみた。この後におよんで直接的に「ごめんなさい」とか「すいません」と言わないあたりが我ながら姑息である。

向こうもいいかげんうんざりしていたのか、こちらの言葉をうけて「これから気をつけろよ」と言ってすぐに車に戻り去って行った。やれやれである。何事もなかったようにぼくも自転車に乗り、写真撮影をひととおり楽しんでから汗だくで帰路についた。