ゆれる

思春期を引きずったようなあの過剰な対人不安はいったいいつ頃消えたのだろうかと、卒論の題材としてインタビューを受け、自分のひきこもり体験を語るなかで思いを巡らせた。すこしずつ試行錯誤するなかで薄皮をめくるように恐怖に似た感情が薄まったとはいえ、払拭できたと確信できたのはここ最近。うつの原因となった切実なつらさからだろう。もう守るべきものがないと覚悟してから、ぱっと身体そのものがひらけたのかもしれない。

インタビュー後、京都シネマで『ゆれる』(2006/日)を観る。いい映画を観ると背筋に寒気が走ることがある。そういう映画だった。利他的な行為がじつに利己的な理由から発する瞬間をえぐりだす。香川照之の演技をみるだけでも元が取れた。