通院日
「しまった。寝過ごした」
目覚めるとちょうど9時だった。為替相場は株式相場が開く9時より前に動くことが多い。ノートパソコンを立ち上げ為替チャートを覗いて舌打ちをする。
前日のニューヨーク市場の年初来高値の流れを受けることもなく今日も日本の株式市場は冷え込んでいた。それに呼応するかのようにじりじりと円高が進む。パンをかじりながら一服。霧がほんのり覆う朝、薄暗い部屋をたばこの煙が満たしていく。
断続的に為替と日経平均を確認しつつ暇をつぶす。ポジション取りのタイミングがなかなかつかめない。これ以上貯金をすり減らすわけにはいかない。相場が動かない時間帯はネットやゲーム、読書でやり過ごす。
株式市場がクローズする15時過ぎからクロス円の下げトレンドが変わらない様相だったので売りから入る。50銭上下に利益確定と損切りの注文を出してチャートを睨む。薬が切れたので今日は5時に病院に行かないといけない。2時間以上勝負を長引かせたくない。
だんだん体がだるくなってくる。くそ、勝負時なのに。眠気に勝てず横になって仮眠をとる。30分後、目覚まし時計の音で目が覚める。通院の時間だ。寝ている間に指値に到達していた。プラス16k。連勝。
小説をかばんに突っ込みダウンジャケットを羽織って薄暗い道を自転車で病院へむかう。もう何年通っているんだろう。何年こんな生活が続くんだろう。もやもやした気持ちを抱えながら駅前を歩く下校中の高校生を横目にペダルをこぐ。俺にもあんな時期があったんだ。
開院30分前、すでに10人以上の患者が診察待ちのリストに名前を書き込んでいた。待合室のソファの隅で文庫化された吉田修一の『悪人』をつらつらと読む。そこに描写されている地方の若者の孤独が自分と重なる。1時間ほどで名前を呼ばれる。いつもの短い診察。採血を終えて外に出るとしとしとと雨が降っていた。
濡れ鼠で帰るとこたつ布団で猫がのんきにあくびをしてこちらを見上げる。その様子を見て気持ちがほぐれてつい笑みがもれた。
- 作者: 吉田修一
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
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