アメリカン・スプレンダー (2003/米)

アメリカン・スプレンダー

京極弥生座イチオシらしい『アメリカン・スプレンダー 』を鑑賞。

(あらすじ) ── 実在の人物ハービー・ピーカーは、30半ばのうす毛で小ぶとりの人相がわるい冴えない男。妻には2度も捨てられ、薄給の書類整理の仕事を淡々とこなす寂しい毎日を送っている。そんなある日、自分のありのままの日常をコミックにすることを思いつき、友人のコミック作家に作画を頼んで出版にこぎつけた。その名も「アメリカン・スプレンダー」。ピーカーは一躍有名コミックの原作者として脚光をあび、コミックの熱烈なファンだったジョイスと再婚する。成功したかにみえた人生。しかし、彼の冴えない生活はあいかわらずだった。2003年サンダンス映画祭グランプリ。その他多数受賞 ──

劇中のナレーションにもあるとおり、映画に夢や現実逃避をもとめるなら、この『アメリカン・スプレンダー』はおすすめできない。しかし、ドラマ性がないかにみえる日常のなかから、コンプレックスを逆手にとった悲哀に満ちたおかしみを見つけられる人なら、これほど楽しい映画もないかもしれない。

人は、日常のささいなことで小さく心を傷つけている。その小さな傷はすぐに癒えることがほとんどだ。しかし、その傷がこころの奥底に積もりに積もると、自己の存在にかかわる名状しがたい寂しさに包まれてしまうことがある。そのあたりをうまくとらえたのが『ロスト・イン・トランスレーション』だった。ただ、あの映画の主人公は、有名な映画俳優と有名写真家を夫にもつインテリ美人妻だった。つまり、ちょっとセレブな寂しさなのだ。庶民感覚の日常の悲哀からすると、ややスマートすぎる。

その点、『アメリカン・スプレンダー』は容赦がない。じつに冴えない。『ロスト・イン・トランスレーション』のスタイリッシュなおもむきは微塵もない。だからこそおもしろい。映像表現や選曲も巧みで、場末のアメリカの映画館にすわっている感覚すらおぼえた。

人生は寂しい。でも時にたのしく、去りがたい未練の場所。そんなふうに感じるひとにはうってつけ。未練は、きれいさっぱり捨ててしまえばいい、というものでもない。★★★★