鉄道マニアと老夫婦

「なんのマニアか知らんけど平日の昼やで」と非難めいた口調でうしろの席のおじいさんが隣に座るおばあさんにつぶやいた。夫婦だろう。車窓からの風景。駅のホームで鉄道マニアとおぼしき男たちが20人ほど熱心にカメラをかまえていた。レアな電車でも通過するのだろうか。「サラリーマンやってる人には平日はむりやから、自営業か…フリーターやろな…」と鉄道マニアたちをなおも推察し続けるおじいさん。口調はちょっとあきれている。

好きなこと、きらいなこと。趣味、職業。人生の進路。希望と欲望の選択肢は無数にひろがり、クロスし、収縮し、膨張する。あらゆる事象が相対化され、選択という行為のまえで時にぼくたちは立ちすくむ。そんな今日にあって、ほかのありえたかもしれない選択を雄雄しく捨て去り、彼らは鉄道に魅入られ、鉄道に価値を置く。しあわせなことなんじゃないか、と思う。

次の駅で老夫婦は電車を降りて、夏の陽射しが照りつけるホームをゆっくりと歩いていく。きっとこれまで長年働いて、おだやかな余生を過ごしているのであろう二人の後姿をじっと目で追う。そういえばもう梅雨明けだっけ。