マネー・ボールが見せる数字を解釈する知性

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

野球がらみの知性とは、難解な野球データを解説できる能力をさす、という誤解が広まってしまった。ジェイムズの読者の多くは、データが主役ではないことをわかっていなかった。主役は解釈なのだ。地球上の出来事をほんの少しでも把握可能にするような解釈。なのに、肝心な点がいつのまにか見失われてしまった。(『マネー・ボール』P.148より)

これはすごい。野球に対する見方が変わった。この本はメジャーリーグの貧乏球団アスレチックスがなぜ年棒トータルが3倍にもおよぶヤンキースのような金持ち球団と近年互角の好成績を残しているのか、その謎にせまった読み応えたっぷりのノンフィクション。

日本ではここのところ格差社会ということばが流行しているが、メジャーリーグもここ10年で金持ち球団と貧乏球団のチーム間格差がひろがっている。野球がスポーツではなく金銭ゲームになったと嘆く球団オーナーも多いらしい。金持ち球団は豊富な資金で大物選手を集められるが貧乏球団はどこか欠点をもった選手しか獲得できない。

とうぜんその資金力の差が成績にあらわれる、はずなのだがそんな中で貧乏球団であるはずのアスレチックスは近年好成績を挙げ続けている。なぜなのか? その疑問の中心には球団を運営するゼネラルマネージャーのビリー・ビーンがいる。ビーンや彼の右腕ポール・デポデスタたちは統計データを駆使して、それまでの球界の常識にとらわれずチームの勝利にほんとうに必要な要因を洗いだす。

そうして他の球団や自チームのスカウトでさえ無能の烙印を押して見向きもしなかったような選手を格安で獲得するのだ。そしてビーンの思惑どおりそれまで不遇だった選手がメジャーリーガーとして堂々の活躍をする。

この本における野球観とはどういったものか。いったい野球のどんな要素を重視し、また軽視するのか。いくつか例をあげるとこうだ。

  • 勝率と関係が深い要素は出塁率長打率だけで、ほかのすべての数値はきわめて重要性が薄い。
  • エラーは時代おくれの概念。エラーをしない才能はメジャーリーガーにとって重要ではない。
  • 犠打、盗塁、ヒットエンドランなどは自滅行為に近い。
  • ホームラン以外のフェアボールはヒットになろうとなるまいと投手に責任はない。

斬新だ。でも読むと説得力がある。かといって難解な統計データが羅列されているわけでもなく本書に図表などただのひとつも出てこない。むしろこれはメジャーリーグに人生を賭けた男たちの挫折と栄光の物語であり、野球をつうじて地球上の出来事をほんのすこしでも把握しようとする人々による情熱の物語だ。